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《学会に行ってみた》公開レポート その弐

 19,2015 16:30

「美術」のイメージ
美術に関わりのある人もない人も「美術」ってなんか特別な技能や才能を持ち合わせている限られた人が行なうもの、という印象を持っている人も少なくないのではないだろうか。
一方、大きな美術館で海外から来た超がつく有名な美術品が展示されたりすると、ここぞと列をなして鑑賞に赴く人がたくさんいるニッポン。人が多すぎて美術作品を観た印象より、「その展覧会に行けたこと」に目的がすり替えられる事も案外あるのではないだろうか。

思うに、一部を除いて現代の多くの日本人は「美術」との付き合い方がそんなに上手くないような気がする。(「美術」という文言自体が偏見を誘うように出来てしまった節もあるが、今回はその話はしない)
それは、それぞれの人が受けてきた美術教育が少なからず影響を及ぼしていると考えられる。

ほとんどの人は小学校で図画工作、中学で美術の授業を受けてきて、高校でも美術や工芸を学ぶ機会がある。(注:現在、高校では美術、工芸は選択授業であることが珍しくない。)
よく言われるのが、「小学校では図工が大好きだったのに、中学以降段々苦手意識が出てきて、今はあまり美術がわかりません」というような美術に対する見解。

今日は、教育現場で子どもたちと一緒に美術の授業を「創る」ことに取り組まれている先生のかなり画期的な発表をわたしの感想を加えて紹介したい。
この度参加した、日本美術教育学会学術研究大会in静岡の今回のテーマ、それは「課程としての教科」である。

【秋田県立西目高等学校 芸術科(美術)を担当されている黒木健先生】
題:「課程としての教科」を確立するための「美術I」と在り方

黒木先生の発表では、高校の美術の授業のなかで生徒への評価を可視化する試みがなされている。
美術はペーパーテスト中心による評価を行なう他教科と違い、実技中心の評価を行う。ゆえに、どうしてその点数になったのか、生徒自身が納得出来ないケースがしばしば出てくる。つまり、生徒にとって、評価に対する根拠付けが不透明であるのだ。
そこで、黒木先生の授業では生徒から細かなアンケートをとり、どのような授業が求められているか分析される。また、評価をどのように行なうかという事も生徒にわかりやすい図式で提示し、活動と評価がどのように結びついているかイメージしやすい授業になっている。課題作品の結果だけではなく、授業課程の評価を明確に記録しそれを「成績個票」として配布する試みをはじめられた。この取り組みはかなり画期的であると感じた。
というのも、図工、美術の授業者にとっても、じつは評価をつけることがかなり悩ましい作業である事が言えるからだ。教室に数十名の生徒が居て、一斉に活動をしている状況を思い浮かべてほしい。出来上がった作品だけを評価してしまうと、ひとりひとりがどのように学び、活動したのかという事が見えにくくなる場合がある。

評価も含めた授業自体を生徒と共に創っていく事でお互いの活動に透明性が一気に出てくる。これには過程を含めた評価が重要になってくる。

また、黒木先生の授業では主体的に美術を学び、その学びをどのように将来に生かしていくかという事を子どもたち自身がイメージできるような取り組みが行なわれている。そのためのわかりやすい図示も常に教室に提示されている。
今後は鑑賞教育において、マッピング方法を取り入れた評価を行なう予定だそうで、黒木先生の取り組みを注目していきたいし、学ばせてもらいたいと思う。

[MEMO]
実は、黒木先生とはご縁があり、ブータンで芸術祭を開催した際、日本の美術教育の実践紹介をするブースでご協力いただいた。前回の記事で紹介した日本の三つ美術教育の学会のほかに、「美術による学び研究会」という会があり、友人のお父様の紹介でブータン派遣時からその会のメーリングリストに参加させてもらったことに由来する。
 参照URL
このウェブサイトの中にも黒木先生の実践紹介ページがある。ぜひご覧になっていただきたい。




Camarco2015BHUTANandJAPAN
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